バカをつくる学校 義務教育には秘密がある -読書感想ー

ネットでみかけてタイトルにひっかかり、図書館で借りてきました。
この本!!!一時期、はやった!!!記憶!!!…と思ったのですが、よく考えたら見覚えがあったのは バカの壁 のほうだったのかもσ(^_^;)バカの壁も読みたいなあ~
という勘違いはありましたが興味深い内容だったので結果オーライ!

この本の内容は、アメリカの義務教育の話。
なので、文化的背景が違い、内容的にもちょっと難しい本で、なかなか読み進められずでしたが、なんとか完読しました。
最近いくつか育児書や社会学の本を読んでいますが、それと似た懸念が記載されており、私の中の義務教育への問題点がより明確になったのでした。

アメリカ版の初版は1992年、今2020年なので28年前… 私が小学校入るちょっと前くらい
日本の初版は2006年。アメリカの原著Dumbing Us Down
(dumbing は幼稚という意味。私たちを幼稚に落とす、という感じのタイトルかな)は改訂を重ね、2005年版のdumbing us downを高尾さんが日本語として翻訳、出版されたようです。

北欧では、イエナプラン(オランダ)、シュタイナー(ドイツ/主流ではないようですけどね。)など、この作者の提案する学校も近年、その成果が脚光を浴びてきているように思います。
作中には、サドベリースクールについても少し触れられている。(サドベリーとともに列挙されているのがデダム・マーブルヘッド・プロヴィンスタンとあるのですが、これもオルタナティブスクールなのでしょうか。ググったけれどでてこず…)
アメリカの教育では、シリコンバレー/モンテッソーリ教育 なんかも近年耳にしますね
モンテッソーリは探求/研究者向きな感じで、全人的な、社会的な、という部分ではちょっと偏りがある、という噂も聞きます。
個人差もあるでしょうが、教育で、もともとの特性が緩和されたり、助長されたりはあるかと思います。
研究者はアスペルガー気質がある方もいると聞くので、モンテはそんな感じなのかしら。
ややアスペ気質を助長しちゃうような…それが良いか悪いかの判断はできませんが…(個人の感想です)。
コミュニケーション能力おばけに育てなくても、その道の仕事をしたいわけでなければ、社会生活に困らない程度の社会性が身についていたら、いいのかとは思いますけどね。

日本には日本にあったやり方が…!もちろん、そうですが、子の発達を無視した学び、好奇心を潰す学び、子を潰しかねない親の子育てが確かにある。
新しい教育の考え方を、親が価値観を広げ、受け止めていけば、子どもももっと伸びる
親はもっと子どもと過ごすことが楽しくなる
この社会はもっと良くなる!

日本も、昔は教育は、その地域の寺子屋が担っていて、自由な私学がもっとあり(例えば、与謝野晶子さんとか、大正時代の芸術家たちが作った学校、黒柳徹子さんが通ったトモエ学園)、教育とは国家からおりてくる戦略でもなんでもなくて、国民の手にあった。

義務教育は、軍事国家が国民を統制しやすいように作ったシステムですからね、もともと。
それが工業化、第二次生産革命に必要な人材に合致したから今の形がのこった、というだけ。同じことを同じようにできる人材をつくる。
でも、もうそんな時代ではなくなってしまった。子どものためには、変えていかないといけないんですよね。
今の義務教育ひとつしか道がないわけじゃない、それだけが正しいわけでもなく、学習要綱がこれからの社会にマッチしているかも親が考えないといけない
任せていても、誰も責任をとってくれません。
親が責任をとるものでもない。子どもの物です。でも、親が潰しているとしたら悲しいですね。
子どもは選択して自分の人生に責任がもてるように育つ環境を整える。

でも、教育って時代によって、根本からかわるような教育ではないはず。生きていくための力って、時代によって根本から違うものではないはず。
だから、生活のなかで学ぶ、丁寧に生活する、地域で生きる、人とかかわる。家庭と地域の力が昔とは違ってしまってはいるけれど、整えることは可能だと思います。
教育が変われば(というか、家庭が教育について踊らされず、主体性をもっていれば。だって生活の中に学びがあるのだから)世界が良くなる。子どもも幸せになれる。

教育の可能性ってすごい!
と、思う反面、現状がとてももったいない…

この本では、北欧の新しい教育のでる前の時代の話。
なので、ホームスクール(ホームエデュケーション)をすすめられていました。
今は新しい教育の形がいくつかあるので、ホームスクーリング以外の選択肢もいいものがあると思います。
また、ホームスクーリングについて、現在のアメリカでは、ホームスクールの進め方の手引きもあるようです。ひとつの形としてみとめられているものなんですね。
教育における家庭の役割は大きい。学校が…学校が…と変わるのを待つのではなく、家庭で実践できることで大きく変わるのだと思いました。
作中には「昔は放課後が守られ、地域が機能していたので子どもは潰されずに済んだ」という内容がありました。
学校がすぐに変わらないとしても、学校で不適切な管理があったとしても、放課後の過ごし方を良いものにすれば子どもは伸びることができる。

学校は何のためにあるのか?読み書き計算は、子どもが概念を理解できる年齢になったら、学校に行かなくても100時間あれば獲得できるものである。と。そう思う。
さして賢くない私も、小学生までの内容はわかる。
小学校までの学びは、30年も生活していたら身につけられる。(遅い)
生活のなかで知恵をつけ、工夫していることが小学校の学び。もちろん、小学校の間に身に着けられたらいい生活の知恵なので、30年かけていてはいけないかもしれません(;^_^Aえへへ
私が言いたいのは、30年かかった、という話ではなくて、小学校の学びは、生活の中で身についたり役立っているものだった、ということ。学びは生活と結びついているものだった、ということ。
小学校で学ぶ学びを、小学校低学年のうちに全部「覚える」ものではなくて、体感して、身に着けていくものだということ。
生活や生きていく力は「暗記科目」では決してない。

この本の冒頭に学校で何を学ばせているか、ということが書いてある。
残念ながら、現在の義務教育に当てはまることが多い。
できれば、冒頭だけでも実際に読んでほしい。
宿題、テレビ、習い事についても言及されている。宿題は、家庭さえも管理するものだ!と言っている。
親も、「管理された方が楽」だと、何も考えずに家庭を運営しているということなのかもしれない。

学校は、世の中は一貫性がないということを教えている、という。
一貫性のあるものは自然の秩序。
季節の移り変わりを感じて生活して「一貫性」を学ぶ。(シュタイナーに近い気がしますね)
その上で学校での授業を受けられたら悪影響はないのかもしれない。
家庭では、生活を感じながら送らなければいけない。宿題や習い事に時間を取られてはいけないのだと。
日本には四季があり、自然がある。人間が育つ良い環境にあるはず。
教育について、少し考えてみよう。家庭での過ごし方について考えてみよう。子どもをじっくり家庭の中で育てていこう。
とはいえ、私は、大変なので、保育園や学童保育を利用しています。
いろんな人に助けてもらっています。地域の力かな。

親の価値観を広げること、教育とは何か、学校とは何か、と考えることのできる興味深い本でしたm(__)m

コメント