自分の人生を生きられない人

仕事で依存のある人とお話しすることがあるのですが、依存のある方は自分の人生を生きられていません

4月から異動があって部署が変わり、そのことをよけいに感じています

大なり小なり依存はあり、一時的な依存状態になることは必要なこともあるかと思うのですが、過度な状態になっているのをみると、みていて辛いなと感じます

自分で自分を楽しませることができないので、アルコール、薬物など簡単に自分を楽しませるものを使います

そして、常時逃避した状態を求めています

側からみたら、幸せにはとうてい思えません

自分自身の人生を放棄したセルフネグレクト、もしくは身体的な自己虐待(セルフアビューズ)です

しかし、向き合うべき自分の人生が過酷で、それに対応する力も不足しているのだろうとも思います

自分の人生を生きるために個人を支援できたら、機能不全の家庭を支援できたら、社会を多様な人が生きやすいようになれば(自由の相互承認=民主主義の醸成)と考えます

私の看護師の仕事でも、その一端を担うことができます

そして、どんぐり倶楽部の子育ても、変える力があると思います

あれこれと気が多い私ですが、一応一貫していて、子どもたちが育つ社会がよりよくなるように自身が学び、少しでも還元できるような活動をしている…つもりです(体力も要領も良くないので白目になっていたり、グッタリしたりしていますが!(ノ_<)

どんぐり教室を中途半端に…と、思われるかもしれないのですが、看護師の仕事も視野を広げてくれるどんぐり教室に必要なものだと思っています

開校日が少ないこともあるのですが、ご理解いただけると嬉しいです

さて、依存について思うこと

どんぐり倶楽部では、本の虫になるほど読書好きなのもNGで、読書の時間も制限になっています

→イメージと身体の動きが一致しないので12歳までには制限が必要です 外遊びの時間が減ってしまいますしね そして、依存的であることも要因だと思います

没頭も大切なのですが、視覚と身体の動きが一致する行動での没頭ができる環境を整えたいですね

糖質制限しているどんぐりユーザーがいるのも依存はよくないという兼ね合いかもしれません

カフェインとかね、依存させるものですからね…

私は、疲れると甘いものを食べすぎてしまいます、珈琲を大量に飲んでいたりもします、まさに依存(・Д・)やっぱり依存物質なのかな〜(^^;ですが、これは適量を、バランスよく、であれば、過剰摂取ではない、依存ではない、のでよいのではと思います

一流の頭脳 では、ランニングなどの運動習慣が精神疾患にもよいということで(メリットが多すぎて、もちろん健康に良く、頭脳もよくなるそうです!賢くなりたい私は頑張って走り始めました(^○^)!糖分とカフェイン依存もなおるといいなぁ…)

テレビゲーム

SNSとかも依存であります

スマホ脳 を 読むと興味深い内容です、この著書は一流の頭脳と同じ、スウェーデンの精神科医が実感している危惧、そして多くの文献をもとに書かれている信頼できる内容だと思います

(お勧めします)

どんぐり倶楽部依存というのもありますよ、自分の頭で考えず、子どもを見ないで、どんぐり倶楽部の子育てをしているのは思考停止で依存症です(いくら、メディア制限していても、その状態は本来のどんぐり倶楽部の子育てでもありません)

どんぐり倶楽部教室としても、恒常的な依存をさせてしまうことがないようにと思っています

糸山先生は、あえて強い言葉を使って、取り入れられるところは取り入れようかなぁ、とか、いいところはやってみようかなぁ、とか、そんな層を突き放すように言うことで、そちら側の人の目が醒めるようにしたい!という意図があるんじゃないかなぁと思うのですが、その強い言葉に依存をしているユーザーもいるのではないかな、と思ったりします

崇め奉るくらい効果があって、全幅の信頼をしていて依存的にみえるだけなのかもしれないですけどね、わかんないけど…

依存、自分の人生を生きられない

と、考えているといつも思い浮かぶ映画があります

ジブリの 「猫の恩返し」

物騒なワードと、このほんわか映画を繋げていますが(^-^;

猫の国に行って猫化する主人公ハルちゃんに、ムタさんが

「この国は、自分の人生が生きられないやつが来るとこさ」と言います

猫の国の人にちょっと失礼ですよね、白ネコのはなちゃん、王子様など、きちんと生きているのに…

ですが、この猫の国も、死後の世界の隠喩なんだろうなぁ

かぐや姫の物語 もそうだけど…

猫の国はほんわかしたファンタジックな世界、月の世界は華やかで美しいですが冷たい世界として描かれていて、描かれ方は違うなと思いますが、どちらにしても

生々しく辛いながらも、この世で自分の人生を生きられることの素晴らしさを伝えています

自分の人生を生きられることは幸せなんです、面白いんです、素敵なことなんですよ

大変なこともあります

自分の人生を生きられることを支える活動もあるといいなと思います

そんな社会であるといいな

なにより、自分の人生を生きていきたいと思える人になってほしい(^○^)

そういえば、NHKの朝ドラが好きで見ているのですが

なつぞら に続き、 おちょやん でも、人形の家という演劇がでてきます

私には義務があります。私自身に対しての義務です。

という台詞

いろんな社会的役割を持っていて、それを勤めることも大切ではあります

放棄しろ、ということではないのですが、自分の人生を生きることも大切です

私は、母としての役割はなかなか困難を感じることが多く、保育園や学童保育での支援を得て頑張れています

支援があるおかげで、母役割も(適当かあちゃんだけど)楽しくできて、仕事もできている

母役割も仕事も全て私の人生を生きることができています(白目でグッタリして糖分とカフェインを摂取して逃避することもありますが)

自由奔放でいいのか、というと、これはですね

苫野一徳先生の、自由の相互承認(つまり民主主義)という考えで納得できると思います(^_^)

苫野一徳先生、教育哲学者で…

難しすぎて、読み切れなかったのですが(ノ_<)哲学難しい…

この著書のこの言葉は本当にいいなと思います

どんぐり倶楽部の考えに賛同し第一子が年長の2018年頃よりどんぐり倶楽部を家庭学習に導入 / 導入後しばらくはうまくいかない時期があり同じような誰かをサポートできればと教室を作りました /  普段は看護師として週4日働いており、教室はそれ以外の日程で開いています /  3人の子の保護者として、どんぐりに躓き悩んできたユーザーとして、看護師として、私の学びが誰かを少しでも支援することができればと願っています

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