肯定してもいけないのではないか?

おおたとしまさ氏の著書を、一時期よく読んでいた時期がありました。

共感するところが多く、SNSもフォローしているのですが、2月になり中学受験の結果のでる時期に合わせて新聞にいくつか寄稿されていたようでいくつか記事がシェアされていました。

 

気になったのは、中学受験を親子でともにやり遂げたことは価値があります、というような労いの言葉を載せられていたこと。
そういうしかないとは思うのですが、きっと教育虐待に近いことが行われていた家庭もあると思うのです。
(というか、私からみると 幼児から学童期の子どもの学習を管理し、結果を重視し、子どもの時間を座学やテストで親が用途を決めて消費させる ことがどうかと思うので、週に何日も何時間も通塾やドリルやらといったらもう…。※12歳以降はまた別の話です。)

それを肯定しかねないような。これは、どうなのかなあと。
連載だったかはちゃんと見ていないのですが、もし連載だとして連載で読んでいたら、もしくは前後の文章をちゃんと読み込んでいたら、そうではないと思うのかもしれません。
SNS斜め読みの私は見かけて気になってしまいました。

終わったことに対して否定したら、もう救いも何もないし、いい効果を生み出さないので、肯定しかないのかな。でもな…

という、ちょっとしたもやもやでした(..)すみません…

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