将来の夢は?  ーEducational abuseー教育虐待のある場所

先日、日能研の無料のテストに参加しました。その時、塾の壁には将来の夢が掲示されていました。

中学受験する子たちの、将来の夢…

なんだと思いますか?

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異様な光景だと思いました。ここに通っている子どもは多様なはずなのに…

私の職業は、よく将来の夢にでるやつです。看護師さん。
看護師さんと一概に言っても、活躍している場所は広いのです。病院、研究施設、企業、保育園など…あるんです。

だから、医者、という夢の中にも、活躍するフィールドは多岐にわたっているので、変わり映えのない夢、と一蹴できるものではありません。
医者を目指すことで宇宙飛行士になるかもしれないし、医者を目指してダヴィンチや手塚治虫のようになるかもしれません。

子どもが知っている職業は、それほど多くないですしね。

でも、塾の壁に掲示してある将来の夢が医者一色…多くの子どもになにかの呪いがかかっているのでは?という気がしてなりませんでしたが、医者も裾野の広い職業なので(もちろん、賢いですしね。でも、人間としての力も大切ですよ…)、百歩譲って別に変じゃないとしましょう。

それで、じゃあ、塾ではそこからさらに選択肢を増やすような教育が行われているのか?

いや、試験対策に特化する施設なんですよね…

そろいもそろって、将来の夢は「 医者 」、そういう(親が医者で中学受験してきて、与えて与えて与えて、それが子どもへの幸せだと思っている親)層が集まっているから仕方ないのかもしれないのですが、多様性がなく、固定された環境にある子どもたちを思うと、なんともいえない気持ちになりました。

 子どもたちの時間は、子どもの今のために使われるのではなく、将来のため?に消費されていました。

秋の気持ちのいい、休日に、テスト。

私は、つい申し込んだことを後悔していました

子どもが、外で思い切り遊んで学ぶ時間を奪ったことに…

そんなことを思うのは、私くらいなもので、親向けの説明会に参加していた人たちは、喜んで冬季講習に申し込むのでしょうね。
視野の狭く、同調同質の、結果主義の、スクーリングのなかに…賢くなったと勘違いするなかに…

うちの子は、「テストなんて行きたくないし!自分の時間は自分のものだ!好きなことをするんだ!」と怒っていました。

その通り!(ごめんなさい)

どんぐり倶楽部の子育て。自分の時間は自分で使う、と言い切れる子どもに育っていることは頼もしく、いまだにテストを指標にしてしまう自分には反省しました。(でも四谷大塚のテストは受けてほしいなあ。そんな指標で訴えないと響かない層もあるじゃない。どんぐり教室的にそういうのもさ。まあ、算数が偏差値50きってたから今のところそんな層にリーチできそうなものはないんだけどさ)

日能研のテスト自体は面白かった、と言っていましたし(良い問題ではありました)、授業内容全てが問題ではないと思いますが、低学年から長期休暇のほとんどの子どもの時間をスクーリングで費やさせるように仕向けること、他人の評価に依存させることは、ちょっと怖いですね。

なぜ、犯罪でスリルを求めたのか? ーEducational abuseー教育虐待のある場所

この異様な光景を見た後に、ある犯罪もおきていましたね…

関係ないと言い切れるのでしょうか…

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